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ネオレフトからナチズムに対する疑問

歴史認識は無視すると宣言しておいていきなりナチスの話で、恐縮です。
今回はユダヤ人の虐殺について検証させていただきます。

よくあるユダヤ人の捏造だと言う陰謀論の話ではありません。

当時のドイツ人は、本当にユダヤ人の虐殺に対して本当に知らなくて、知ってたらナチスを
否定したのかと言う点の検証です。

まず、このあたりの議論をする際に一番気になるのは、ファシズム=国家社会主義
に対する「戦前、戦時中の評価」と「戦後の評価」は全く異なっているという点です。

例えば戦後、ナチスが出てくる映画は沢山ありますが必ず狂信的なイメージで描かれています。
しかし、よく考えてほしいのですがナチスとは選挙で選ばれた民主主義政権なのです。
あれ程、狂信的な嫌ななものだったら誰も投票しないのでないでしょうか。

つまり、当時のドイツにおけるナチスのイメージと戦後作られたナチスのイメージはかなり
乖離しているように感じるのです。
もちろん戦後つくられたナチスのイメージは戦勝国のプロパガンダです。

実際に文献などを調べるとすぐにわかるのですが、ファシズムとは左翼思想が変形したもので
あり(マルクス主義経済学に大きな影響を受けている)、ナチスの宣伝工作はソビエト共産党を
参考にしたそうです。

ナチスの支持層は、ドイツの中産階級です。(これは日本の天皇制ファシズムの支持層と一致
する。)
つまりドイツの革新勢力だったのです。社会改革は必要だが共産党は過激すぎると判断した
人々が類似の思想 =国家社会主義を支持したのです。
ファシズムと共産主義は、生産手段の私的所有を制限するか否定するかの違いがあります。

ただし、ファシズム下でも社会主義的な改革は進行し、これは日本や西ドイツが戦後経済発展
する基礎を作ります。戦後、本物のマルクス主義的計画経済が導入されてしまった東ドイツは
経済が停滞してしまいます。

そして、ここが重要なところなのですが、ファシズムとは極めて大衆迎合的な性格をもっており、
ある意味、無責任な程、迎合的であり、大衆が望むのなら他国への侵略も平然と行ってしまいます。

天皇制ファシズムに至っては、大衆運動に押し切られる形でアメリカに戦争をしかけてしまいます。

で、ユダヤ人の虐殺についてです。
通説では大多数のドイツ人はユダヤ人の迫害、虐殺を支持してなかったことになっています。

本当でしょうか?
つまり、ナチスの大衆迎合的な性格を考えますとドイツ国民が望んでいなかったことをヒトラー
が実行するとは思えないのです。

以前、ファシズムとはマルクス主義が変形したものだと述べました。

つまり、階級闘争的な側面をもっていたのです。当時の中産階級以下のドイツ人が持っていた
ユダヤ人のイメージは、金持ち=資本家 だったのではないでしょうか。

階級闘争と民族的偏見が合体したものが、ホロコーストであり、一般のドイツ人も事実を
どのくらい把握してたかは不明ですが、間接的には加担したのだと思います。

何故、こんなことを言ってるのかと言うとルワンダの虐殺などを見て感じたのです。

あれだけの大規模な虐殺を一部の人間でできる訳がなく一般の民衆も積極的に
虐殺を行ったわけですが、なぜか、虐殺が裁かれだすと一般の民衆はみんな犠牲者に代わってしまい指導者だけが異常者として扱われるようになるのに強烈な違和感があります。

ネオレフトは疑問に思う 左翼 = 護憲ではない。

私は平和系左翼の存在自体は否定しません。護憲派の保守が存在しているぐらい自然だと
思います。
私が不自然だと思うのは、日本の左翼 = 護憲派 だと言う点です。

マルクス主義経済学が、その実行不可能性の為に崩壊してしまった現在
政治思想としての右と左を分断しているのは

左 → 未来志向
右 → 伝統志向

だと思います。
これはもちろん両方とも必要な考え方です。

ちなみに右翼と左翼は歴史的にどちらが先にできたかと言うと左翼です。
フランス革命の際、左翼が合理主義的に伝統の破壊や虐殺等を行った為に、それに対する
危機感から右派が生まれたのです。

左翼と言うのは常に暴走する危険がありそれを抑止する意味でも保守思想とは必要なのです。

ただし、左翼が文化や政治を前進させてきたことも事実であり、従って両方必要なのです。

不思議なのは、この文脈で考えますと

左翼 = 護憲

 って発想はでてこない点です。

護憲か改憲かは国家の安全保障をどうとらえるかであって右、左は関係ありません。




ネオレフト思想を宣言する。

今、世界は激動している。
第二次世界大戦後、先進国ではケインズ経済学による経済政策が採用されて
いたが、1970年代に石油危機をきっかけに世界中がスタグフレーションに突入し、ケインズ経済学
に対する批判が巻き起こった。

その後、チリのピノチェド独裁政権が新自由主義的経済政策を断行し、1980年代にそれがアメリカ、イギリス、日本に波及。これらの国は新自由主義的経済政策に転換した。

2008年は、過去30年間行われた新自由主義経済政策が失敗に終わり、世界は急速に左傾化を
開始した。

再び、ケインズの時代が訪れようとしている。


日本でも左翼思想が必要な時なのだが、現在日本の左翼思想は硬直化してしまって現実
感覚を失っている。

現在、日本の左翼は平和系左翼と労働系左翼に大きく分かれるだろう。

私が提唱するネオレフト思想は、労働系左翼思想である。

また、歴史認識はあえて無視する。

私自身は、改憲派であり核武装論者である。

安全保障上の考え方はさまざまだろうから、そのあたりは平和系左翼とは一線を
引いているつもりである。

左翼思想の再構築は今すぐにでも必要であり、これから文章にてネオレフトの概念を
語らせてもらおうと思う。

バニー(バーナード・マドフ)と10年間

糞メディアが重要なこと全然伝えないので、2月15日付ニューヨークタイムズ(日本時間多分16日)の
クルーグマンのコラム翻訳しました。

バーニーとの10年(ポール・クルーグマン)


今、誰もが、バーナード・マドフにかもられた投資家達の悲劇を
知ってるだろう。
投資家達は、マドフから報告書をもらって、それを見て自分たちが金持ちになったと思った。
だけどある日、投資家達は、自分たちの富が誰かの幻想でしかないことという恐怖に直面した。

不幸なことに、この話は、21世紀の最初10年間にアメリカ全体で起こったことそのものだ。

先週、連邦準備制度理事会は、3年毎のアメリカ人家計の資産、負債の状況の調査結果を発表した。それによると新たな1000年期の節目以降、平均的アメリカ人家計の純資産は全く増えたおらず、インフレーションの調整後の金額においては、2001年より減少していることが明らかになった。

このことは、ある意味驚くに値しない。
アメリカ人は、直近10年間、貯蓄をせず、借金と浪費を重ねていた。
個人貯蓄率は、1980年代の9%から1990年代の5%に低下し、2005年から2007年にいたっては、
0.6%に低下した。
そして、家計は、収入より負債が急激に膨張した。
これで、どうして、純資産が増加しただなんて期待できる?

しかし、最近まで、アメリカ人は自分たちがリッチになったと信じていた。
なぜなら彼らが(銀行等から受け取る)報告書には、負債より家の価格や株価が増加している
ように記載されていたからだ。

多くのアメリカ人がナイーブにもこのキャピタルゲインが永遠に続くと信じていたのは、影響力のある意見が氾濫していたからだ。
それらの意見は、右派系の出版物、例えば、ウォールストリートジャーナル、フォーブス、ナショナルレビュー等に氾濫しており、アメリカ人を信じ込ませた。

彼ら右派は、低い貯蓄率と高すぎる負債が危険あるという意見を嘲笑した。

そして現実が直撃した。心配症の意見が正しいことが証明された。

巨大な資産は幻想だった。しかし、巨大な負債は現実なのである。

そう、ぼくたちは、おおきなトラブルの中にいる。今、多くの人が考えてる以上に深刻なトラブルの
中に・・・。

ぼくは、あすにでも経済が好転するなんていってる先細ってる楽観論の話をしてるんじゃない。

これは、広範囲な問題である。

みんな、銀行の問題について話をするけど、それは銀行以外のシステムより銀行がより目に見えて
ひどい状況だからに過ぎない。
実際、あまりにも多くの負債をかかえてあまりにも資産が少ないのは銀行だけじゃない。
すべての民間部門が同じ問題を抱えてるんだ。

アメリカの偉大なエコノミストのアービン・フィッシャーが1930年に指摘したことは、巨大な負債に直面した人々や会社は同時に同じことをしようとして自滅する傾向がある。

それは、資産を売却して、負債を返済して、結果的に資産価格の暴落を招き、純資産を減らしてしまうことだ。
この場合、貯蓄は、需要に対して破壊的に働き、より不況を深刻化する。

施策担当者は、この悪循環を断ち切ることができるだろうか?
原則的にはできる。
政府もその点はよく認識している。
オバマ政権の経済アドバイザーのトップであるローレンス・サマーも問題なのは、不況を長引かせないことと潜在的なデフレスパイラルの懸念だと言っている。

しかし、政府は、そのチャレンジに対して有効な手立てを打ち出せないようだ。
直近に発表した計画は、デフレーションの緩和にはなるだろうという以上のものではない。

そして、銀行の救済のプランは人々をほっとさせるより困惑させるものに近かった。

ただし、明るい兆しもある。
銀行の救済プランがより強化されそうだということだ。
主要銀行の国有化案のようなはじっこだった意見が主流になってきたことに対して
リンデイ・グラハム上院議員のような共和党員でさえ、必要性を認めるようになってきたのは大変意義
深い。

もし、この負債の罠から経済が抜け出すのにはどうしたらいいか知りたければ、かつての
巨大な公共事業、またの名は第二次世界大戦が世界恐慌を終わらせたとこに注目すればいい。

その戦争は完全雇用を達成しただけではない。
その戦争は急速な収入の増加と副産物のインフレーションをもたらした。
民間部門の借入を圧縮した。
1945年まで政府の借入は膨張したが、民間部門の対GNP負債比率は1940年の半分に圧縮された。

そして、この民間部門の低負債が戦後の経済成長をもたらした。

今、この戦争のようなものは存在しておらず、またすぐ起こる懸念もなさそうだ。

結果、家庭と会社が気前よく作った負債を解消するまで何年もかかるだろう。

バーニーとの10年間、幻想とすごしたぼくたちのつけは、どうやら、長く、苦しいものに
なりそうだ。

映画評(タクシデルミア ある剥製師の遺言)

かんぽの宿のメディア報道のあまりの偏向ぶりにむかつきまくってたのですが、
NHKあたりが微妙にトーンが変わってきているので、様子見た方がいいと判断し、
今回は政治から離れて映画評します。

先週、嫁がTUTAYAで借りてきた「タクシデルミア ある剥製師の遺言」という
ハンガリー映画を見ました。どこまで耐えられるか観客に挑戦するような
気持ち悪い映画(夕飯食べながら見てたら、ガチ吐きそうになった。)ですが、
非常に面白かったです。

ただ、見終わった後、強烈に不快感を感じて、理由が説明できないで数日、鬱々と
してたのですが、今週末ちゃんと理由があることがわかり納得いたしました。

結論から言ってしまうとこれって映画じゃなく現代文学じゃんってことです。
私、もともとシュールな映画とか小説(安倍公房とかボリスヴィアンとかね。)
大好きなので、こういう映画は大好きな筈ですが、何故かこの映画は
イマイチ乗れなかったのです。

理由を探したところ、タクシデルミアって映像を全部、文章に置きかえれるんですね。
多分、この監督は映像で考える人ではなく文章で考える人だと思う。

デビット・リンチの映画と比較すれば一目瞭然なんですが、同じシュールでも
デビット・リンチの映画は文章に置き換えられないんですね。
まさに映画です。

それに対して、タクシデルミアはこの映画を見た優秀な小説家がこの映画をそのまま
小説にして、その小説をもとに他の監督が映画を作ったとしても、もとの映画と
ほぼ同じものが再現できるのではないかと・・・・・。

つまり、一見、極めて、映画的な映画に見えるのですが、実際は現在文学に近い
映画です。

なので、非常に面白い映画ではあったのですが、
映画的な快感が得られなかったんで、それが不快感の理由だったのですね。

この監督が次回作でどんな映画を撮るか注目です。








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テーマ : 映画レビュー - ジャンル : 映画

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中年会社員です。
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